弘前城を移動させた職人・石川憲太郎が語る曳家の魅力「建物とともに思い出を残したい」_00

弘前城を移動させた職人・石川憲太郎が語る曳家の魅力「建物とともに思い出を残したい」

2017.04.17

建物をあるがままの形で動かすことができる。そのような特殊な伝統技術を持った職人が、日本には500年以上前から存在している。それが「曳家」(ひきや)と呼ばれる職業だ。曳家職人にかかれば、住居や営業したまま建物を動かすこともできるという。

 

いわゆる建設、建築のジャンルとは違う、特殊な技術力を必要とする「曳家」の専門業者は、全国に20社ほどしかない。そのなかでも、全国で5本指に入るほどの技術力と開発力を有するのが、山形県米沢市にある『株式会社我妻組』だ。

 

この我妻組の取締役工事部長を務めるのが、石川憲太郎氏。同氏は、「100年に一度の一大プロジェクト」として注目を浴びた、青森県にある国の重要文化財『弘前城』(ひろさきじょう)の曳家に挑んだ人物でもある。曳家職人として23年間のうち、400〜500もの建物を曳いた(移動させた)石川氏が考える、曳家職人の魅力を教えてもらった。

 

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 建物に染み付いている思い出を、そのままの形で運びたい


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「そこで過ごした記憶は、あの家で、あの部屋で、あの場面でしかないと思うんです。建て替えてしまったら、時が経つに連れて、これまで過ごした建物の思い出は、おそらく忘れてしまうでしょう。建物に染み付いている歴史や想い。それをも一緒に動かすつもりで、曳家をしています」。

 

石川氏は、その場所で過ごした人々が思い出をなくさないために、毎日のように建物を曳いている。もちろんその分、責任感や使命感も大きい。

 

「曳家は、お客様の大事な建物を預かっています。ときには、歴史的に重要な建物を預かることもあります。だからこそ、何のために動かすか、を忘れないことです。建物を壊してしまえば、曳家の意味はありません。曳家として、現状のありのままに移動を完了させることが、第一の目標ですね」。

 

曳家を行う文化財のなかには、一度壊れてしまえば、今の技術では二度と作り直せない構造物もある。曳家をしている最中の石川氏の表情に、緩みはない。

 

「文化財の曳家を任されて、自分の失敗で建物が壊れたとなれば、それこそ会社だけの責任では済まされません。そのようなプレッシャーのなかで曳いているので、どうしても真剣な表情になってしまいます。どのような職種の方でも、『ここで仕事が決まる』と感じる場面が必ずあるはずです」。

 

長年の歴史を持つ建物を後世まで存続させるためには、高度な技術とともに、それを担う責任も求められる。

 

 

曳家の成功は「準備」で9割決まる。経験がなければ、バランスを見極めることは難しい


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「曳家」で最も注目を浴びるのは、建物を横や上下に曳く作業だろう。しかし石川氏は、「まっすぐ上げて、まっすぐ横に曳けるように準備すること。僕らの仕事は、曳くまでの過程で9割方決まるようなものです」と語る。

 

バランスよく、スムーズに建物を持ち上げることさえできれば、あとの移動に関しては、条件を把握しているため、それほど問題はないという。

 

「まずは、建物の構造を把握することです。その上で建物を痛めないように、均等かつ垂直に上げる。そのためには、建物を持ち上げるための鋼材やジャッキをどこに配置して、どの部分に抑え、またかかる重心をどれほど分散させ、バランスをとるかを考えていきます」。

 

ただ図面を見れば、建物の構造がわかるわけではない。壁に覆われていて目では見えない内部構造や、古い建物であれば図面どおりに作られていないこともある。さらに、地盤の強さを確認しながらジャッキを配置しないと、地盤が固いところと緩いところで、建物の上がり方に差が出てしまう。

 

そのような建物全体に関わる構造を正確に把握するため、ときには一部だけ解体したり、当時建築に携わった人に話を聞いたりすることもあるという。

 

「あとは、自分のこれまでの経験をもとに、応用しながら考えていきます。曳家で同じ建物はありません。だからこそ、曳家として最も大事なのは、実務経験年数なんです」。

 

曳家職人は、数をこなし、いろいろなパターンの建物に対応できる技術や知識を身につけていく。曳家を23年間経験してきた石川氏さえ、「先輩方の知識や経験には、絶対に敵わない」と言うほどだ。

 

曳家に必要なのは「古さに価値を感じる心」を持つこと


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曳家職人として一つの現場を任せられるまでには、最低10年ほどかかる。「曳家の仕事は、マニュアル通りにはいきません。だからこそ、『あの土台の下はどうなっているのだろうか』とか『どうやって作られているか』と好奇心を持つことが大事なんです」。石川氏は、曳家職人に必要な素質について、このように教えてくれた。

 

さらに石川氏は、次のように続ける。「曳家の難しさは、建物がひっくり返らないように、バランス感覚を見極めることです。下調べをして、条件的にはうまく建物を持ち上げられると予想しても、『なんだか、あの場所は形が変だな』と、細かい部分に気が利くことも求められます」。

 

建物の調査からはじまり、ジャッキアップして建物を上げる、そして建物を曳く。何一つ、気を抜くことができない作業を終えたとき、石川氏は「自分たちに課された責務を全うできたかなと、まずはそこで安堵感が生まれます。歴史的な建物や一般の家を、皆さんに無事に残すことができた、期待に応えることができた。それだけです」と話す。

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弘前城のような歴史的建造物をも動かす、価値ある技術である曳家。実は10年ほど前に、仕事が激減した時期もあったそうだ。「公共事業がなくなった影響もありました。それと区画整理が行われて、ハウスメーカーさんが台頭されている中で、家を曳くのではなく、『もう壊して、建て替えてしまえ』という動きになったんです」。

 

しかし最近では、「古民家再生」などで文化財を修復して残そうとする風向きに変わってきている。曳家の需要も増え始めた。やはり、どうしても今の技術では、復元できないものがある。

 

「曳家職人には、技術が必要です。ですが、どんなところでも最後には、やはり人間性や人としての考え方が出てきてしまいます。新人の曳家職人は、なぜこれを残すんだろう、と感じる建物に出会うかもしれません。そのとき、『古いものを残したい』と思う感覚が大切なんです」。

 


若い世代に、価値ある曳家の技術を引き継ぎたい


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石川氏も曳家職人になるまでは、建物が持ち上がるとか動くことは、想像できなかったそうだ。

 

「初めて入った現場で曳家を見たときは、『ほんとうに建物が動くんだ』と驚きましたね。曳家の現場では、50トンや1000トンもの建物が、上がったり動いたり回ったりします。そのような壮大なスケールで現場が動くことが、曳家の魅力の一つです」。

 

さらに、曳家のやりがいについて、こう続ける。「いろいろな形態で保存されている重要な建物を移動する。また今後ずっと保存していくために、自分たちが歴史のなかに名を残せることは、やりがいのあることだと思っています」。

 

しかし全国的に、曳家の知名度はまだ低い。「いくら古民家再生などの流れが来ているとはいえ、曳家を知らないが故に、ほんとうは家を残したくても、泣く泣く壊してしまう人の方が多いんです。ですから、どうしても受注数は減ってしまいます」。

 

石川氏は、それに伴う後継者不足も懸念している。「我妻組で、最も若い曳家職人は32歳。この先10年を考えると、その下が全く育っていないので怖いですね。全国の曳家業者さんは、どこも若い人が育たないことに悩んでいると思います」。

 

曳家の受注率を上げるため、そして伝統技術の後継者を育てるためにも、「特殊な技術である曳家を、まずは全国の皆さんに知っていただく。そして、選択肢の一つとして、曳家を選んでいただけるように何とかしなければいけない」と、石川氏は考えている。

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石川氏は、弘前城天守の曳家を振り返りながら、今後について話してくれた。

 

「弘前城に取って代わる建物は、今後受注できないんじゃないかな、とも感じています。弘前城は仮置き状態ですので、2021年に元の場所に戻す必要があるんです。もちろん自分の手で戻してあげたい気持ちもありますが、曳家業界全体のことを考えると、今頑張っている若い世代が先頭に立って、弘前城を曳家して欲しいなと思っています。国の重要文化財ですから、大変な苦労もしますが、そのなかに身を置いて経験をすれば、何事にも変えられない糧になるはずです」。

 

曳家職人として、石川氏がこれから目指している姿とは。「自分も職人としてやっていますから、弘前城以上の建物を曳家してみたいですね。たとえば、高さで言えば『東京スカイツリー』や、規模では『東京ドーム』のような建物を想像しています。そのような規格外のもの、誰もが想像できないものを動かしたい野望があります」。

 

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そこで過ごした人々の大切な思い出が詰まった場所を壊さないために、石川氏は、今日も真剣に建物を見つめている。

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石川憲太郎(いしかわ けんたろう)
1975年3月13日生まれの曳家職人。曳家専門会社「我妻組」取締役工事部長。18歳のときに我妻組に入社。曳家職人となる。その後2015年に100年に1度の大工事といわれた「弘前城本丸石垣修理事業」の曳家工事を担当し、成功を収める。年間20カ所以上もの曳家現場を受け持つ、敏腕の曳家職人。

取材・文=流石香織
撮影=タカハシケン

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